2023年10月14日土曜日

森高千里「一度遊びに来てよ」 森高ワールドと隠れた名曲

森高千里「一度遊びに来てよ」歌詞・ギターコード・ガイド付き/Capo:1*弾き語り用

アルバム『STEP BY STEP』収録の隠れた名曲

太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は、東京へ行って都会に染まってしまった彼と地元で待つ彼女の気持ちを交互に歌う曲でした。

森高千里の「一度遊びに来てよ」は、地方の大学を卒業後に東京に戻った彼への届かぬ想いを彼女の目線で歌った曲で、どちらも残された女の子の悲しく切ない気持ちを歌った曲です。

今はスマホやSNSがあるので、すれ違いの物語は以前より少なくなったのかもしれませんね。遠距離恋愛が破綻する可能性は昔のほうが高かったのではないでしょうか。

「木綿のハンカチーフ」は松本隆と筒美京平のゴールデンコンビの作詞作曲、「一度遊びに来てよ」の作曲は斎藤英夫、歌詞は森高千里自ら書いています。

この組み合わせも彼女の楽曲ではゴールデンコンビで、初期の「ストレス」や「ミーハー」、代表曲の「私がオバさんになっても」「渡良瀬橋」などもこのふたりの作品です。

ほとんどの曲の作詞を手掛ける森高千里が優れているのは、一歩引いたシニカルな視点が笑える曲や、女の子の心情を素直に歌った曲など様々なパターンの歌詞を書けるところです。

そのルックスの良さからデビュー後はアイドル路線の王道を歩むかと思われましたが、作詞の才能を開花させた彼女は作曲やドラムの演奏もするようになり、クリエイティブな歌手として唯一無二の“森高ワールド”を作り上げました。

いわゆるアイドルのCDを買ったことがあるのは森高千里だけで、僕はこの人の独特の世界が気に入っています。いい曲はたくさんあるのですが、なかでも好きな曲のひとつが隠れた名曲「一度遊びに来てよ」です。


当時44歳の森高千里が“200曲セルフカヴァー企画”で歌う「一度遊びに来てよ」MV。少し声が低くなったように思いますが、可愛さは相変わらずです。


2023年9月2日土曜日

「トゥ・オブ・アス」モナリザツインズ


モナリザツインズ「トゥ・オブ・アス」英語歌詞・ギターコード(Capo:3 / G)付き*弾き語り用


YouTubeでビートルズなど主に60年代のロックやポップスのカバーを公開して人気のモナリザツインズは、爽やかなハーモニーが気持ちの良い姉妹ユニットです。

双子の姉妹を「Mona」と「Lisa」と名付けたセンスが素敵だなと思いますが、父親は元々ミュージシャンで、レコーディングスタジオを運営していたのだそうです。

最初に録音した初々しさの残るアルバム『MonaLisa & Band Live in Concert』にはドイツ語で歌う曲も収録されていて、オーストリア生まれのふたりのルーツに触れることができます。

その後ビートルズの出身地リバプールに拠点を移したモナリザツインズは『Monalisa Twins Play Beatles & More』というカバーアルバムを3枚リリースしていて、これがとてもいい感じなのです。

このシリーズ2枚目に収録されている「Two of Us(トゥ・オブ・アス)」のビデオが凄く良かったのでご紹介します。



ビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』に収録された「トゥ・オブ・アス」はアコースティックギターが印象的な名曲で、ふたりのハーモニーを活かすにもいい選曲だと思います。

彼女達が赤ん坊の頃から成長して大人になるまでを追ったビデオからは、ふたりの明るさや仲の良さが伝わってきます。

他のビデオも色々見て感じるのは、"Swinging Sixties"と呼ばれる60年代の音楽に対する愛情と、どこかに残る良い意味での素人っぽさです。

「トゥ・オブ・アス」のビデオではギターで遊ぶ幼いふたりの姿も見ることができますが、音楽に親しみながら成長していく彼女達を見ていると、歌や楽器を楽しむ姿に親近感が湧いてくるのです。
 
MonaLisa Twins play Beatles & More, Vol.2
ビートルズの「Two of Us」の他、ローリングストーンズの「Pint It, Black」もカバー。

モナリザツインズのビデオを見ていると、初めてギターを持って覚えたてのコードを弾いてみたことや、好きなミュージシャンの曲を一生懸命コピーしたこと、仲間と一緒に歌ったことなどを思い出す人が世界中にたくさんいるのではないでしょうか。

60年代から70年代の音楽が好きな世代の人はもちろん彼女達に興味が湧くでしょうし、若い世代の人にはシンプルなアレンジと爽やかなコーラスで聴くポップス黄金時代の音楽は新鮮に響くだろうと思います。

オリジナルの作品も公式サイトで試聴してみましたが、特に2ndアルバムの『ORANGE』にはどこか60年代の雰囲気が漂っています。好きな音楽をやっていることが、彼女達の楽しそうな姿に表れているのでしょうね。


2023年8月25日金曜日

原田知世『I could be free』 スウェーデンでレコーディングした名盤


歌詞とギターコード付き動画:原田知世「I could be free」イントロカウントあり GM7


永遠の少女とスウェディッシュポップ

原田知世が角川映画『時をかける少女』でスクリーンデビューしたのは15歳の時です。筒井康隆が書いた永遠の名作はこれまでに何度もドラマや映画として蘇りましたが、その中でも最も知られている作品でしょう。

松任谷由実が作詞作曲した映画の主題歌もヒットして、原田知世は俳優としても歌手としても作品に恵まれたスタートを切ることができました。その後もコンスタントに活躍を続ける彼女が音楽の楽しさを知ったのは、20代から30代にかけてだそうです。

そのきっかけを作ってくれたのがムーンライダーズの鈴木慶一で、彼の勧めもあってトーレ・ヨハンソンにプロデュースを依頼したアルバム『I could be free』は、彼女が30代を迎える年にリリースされてヒット作となりました。

レコーディングはスウェーデンで行われましたが、スタジオには驚いたことに窓から光が差し込んでいたそうです。ドアがきっちり閉まらなかったり外の音が聞こえたりするという明るく開放的な空間で生まれたのは、素晴らしく心地の良い音楽でした。

オープニングの「愛のロケット」からラストの「ラクに行こう」まで、優しくポップなメロディーに乗せて原田知世が気持ち良さそうに歌う13曲は、極上の時間を提供してくれます。

バックの演奏はそれぞれの楽器が粒立っているように感じる上に、主張しすぎることなく低いパートでボーカルを際立たせるハーモニーも素敵です。

彼女がスタジオに入った時に感じた心地良さが、そのままアルバム全体に漂っているようで、トーレ・ヨハンソンの作る音楽と原田知世との相性の良さが伝わってくるのです。

カーディガンズ LIFE スウェディッシュポップ
スウェディッシュポップの名盤 カーディガンズ『LIFE』

90年代に流行ったスウェディッシュポップを代表する名盤、カーディガンズの『ライフ』はトーレ・ヨハンソンがプロデュースしたアルバムです。『I could be free』と聴き比べてみると、同じプロデューサーの作品だということがよく分かります。

最大の違いは当然のことながら、少女のような趣を残した原田知世のボーカルです。”透明感のある”という表現とは少し違っていて、可憐で優しい響きが愛おしくなる、そんな歌声が彼女の魅力だと思います。

20代の終わりにレコーディングしたアルバムなのに、年頃の少女だけが持つ溌溂とした若さや愛らしさが、その声から感じられるような気がするのです。

最近ではドラマで母親役を演じることも多くなりましたが、可愛らしさが失われていないのはさすがです。音楽活動も相変わらず盛んで、演じることと歌うことの相乗効果が良い形で現れているのでしょうね。

永遠の少女とスウェディッシュポップとの出会いから生まれたアルバム『I could be free』は、彼女にとって大きな財産になっているのではないでしょうか。

原田知世 カヴァー・アルバム 恋愛小説
ビートルズからプレスリーまで、原田知世がラブソングをカヴァーした『恋愛小説』

2020年8月24日月曜日

藤井風「何なんw(Nan-Nan)」~岡山弁がスタイリッシュ!

藤井風:1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』
藤井風:1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』アナログレコード



文句なしでカッコイイ新たな才能・藤井風

絶妙にかっこいい声とセンス溢れるアレンジの洒落たメロディー。ところどころに混じった岡山弁がなんだかスタイリッシュに感じてしまいます。

藤井風のファーストアルバム『HELP EVER HURT NEVER』のオープニングを飾るのは、岡山弁がそのままタイトルになった「何なんw」です。

ニューヨークで撮影した 「何なんw」のMVでは、長身で男前の藤井風がNYの街と大勢の外国人の中に自然に溶け込んでいて、これがまたかっこいいんです。

英語圏の人には当然ですが岡山弁が分かるはずもなく、純粋にお洒落でかっこいい音楽として受け入れられるのではないでしょうか。

彼の持ち味はぶっきらぼうの一歩手前ぐらいに聴こえるやや低めの声で、この声が時には優しく響き、曲によっては巧みなファルセットも織り交ぜてボーカリストとしての非凡な才能を感じさせます。

藤井風「何なんw(Nan-Nan)」
藤井風「何なんw(Nan-Nan)」MV:YouTube

 彼がカバーしている曲がYouTubeでたくさん公開されていて、太田裕美や竹内まりや、エルトン・ジョンにビリー・ジョエルなど、どちらかというと彼の親世代が好んで聴いていたであろうミュージシャンの名曲がゾロゾロと出てきます。

そんな音楽体験に幼少時から習っていたピアノの技量と、97年生まれの若者らしく今どきの音楽や映像のエッセンスも加えて出来上がったのが彼の世界なんでしょうね。

彼が全曲作詞作曲を手掛けた『HELP EVER HURT NEVER』には「何なんw」の他にもいい曲がたくさん入っていて、名盤確定といって差し支えない出来栄えです。

特に歌謡曲テイストの「風よ」、どこか懐かしい雰囲気のロックンロール「さよならべいべ」からポップで切ない「帰ろう」へと続く最後の3曲の流れは最高で、いいアルバムを聴いたという満足感に包まれます。

岡山が生んだ新たな才能・藤井風は、2020年代を代表するミュージシャンのひとりになるのではないかという予感がしています。



2020年8月14日金曜日

『軍中楽園(PARADISE IN SERVICE)』台湾映画の傑作


夜の娼館に響くマリリン・モンローの「帰らざる河」

台湾の金門島で精鋭部隊“海龍蛙兵”に選抜されたものの、落ちこぼれた新兵が「特約茶室」と呼ばれる施設を管理する831部隊に配属されるのですが、彼はここで生涯忘れられない経験をすることになります。

「特約茶室」とは兵士向けの慰安施設のことで、物語は主人公のルオ・バオタイ(イーサン・ルアン)と海龍蛙兵の鬼教官ラオジャン、同期入隊で補給部隊に配属された大人しいホワシンの3人を軸に展開します。

 目と鼻の先にある中国本土と対峙する金門島には、対岸からの砲弾が降り注ぐのが日常です。そんな中で通称「軍中楽園」は兵士たちにとって安らぎの場でもあり、手っ取り早く欲望を解放できる場でもあったのです。

そこで働く女性たちには当然様々な事情があり、3人の男と関わる女性にもそれぞれに抱えている思いや背景があって、思い通りになる明るい人生などそこにはありません。

『軍中楽園(PARADISE IN SERVICE)』予告編
『軍中楽園』予告編:YouTube

 主人公と親密になった美しい娼婦ニーニー(レジーナ・ワン)が夜中にギターを弾きながら歌う「戻れない川」は、マリリン・モンローがロバート・ミッチャムと共演した西部劇『帰らざる河』で歌った主題歌です。

ニーニーがルオにギターを教えるシーンで「コードは4つ」と言っていたように、シンプルですが郷愁を誘うメロディーが美しい曲で、兵士たちが引き上げて静かになった夜の娼館に響く彼女の歌声は、純朴な青年ルオだけではなく映画を見る人の心にも染み込んできます。

大陸の貧しい農家の出身で、退役して娼婦のアジャオと餃子の店を開くという夢を持つラオジャン。部隊の先輩たちによる陰湿で苛烈ないじめに耐えかねて、ある決心をするホワシン。そして思いを寄せるニーニーから過去を告白されたルオには、彼女との切ない別れが訪れるのです。

ラストに出てくるモノクロ写真と記念写真の撮影シーンは、3人の男たちの見果てぬ夢です。激動の時代に出逢った彼らと彼女たちの物語は、エンドロールの言葉から想像できるように、運命に翻弄された人たちが経験した物語の中のひとつに過ぎないのでしょう。

初めて見る台湾映画の中で思いもかけず流れてきた懐かしい曲は、全編に流れる叙情的な雰囲気の音楽にもよく合っていたと思います。原曲を歌ったマリリン・モンローの幸せとはいえない人生の終わり方とも重なって、『軍中楽園』はとても印象に残る映画となりました。



2020年8月3日月曜日

『ヤクザときどきピアノ』おじさんを魅了するピアノの魔力

「ヤクザときどきピアノ」鈴木智彦
「ヤクザときどきピアノ」鈴木智彦

ABBAの名曲とおじさんの涙


譜面も読めないおじさんがABBAの名曲「ダンシング・クイーン」を弾きたいがためにピアノ教室の門を叩く。しかも男はヤクザものの著作で知られた人で、見た目も表紙のイラストに結構近いコワモテ。果たしてその結末は?というお話です。

著者の鈴木智彦は取材と執筆に5年を費やした『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』がようやく校了を迎え、高揚感に浮かされたまま見に行った映画の中で流れた「ダンシング・クイーン」を聞いて何故か涙が溢れてしまいます。

締切からの解放感の中で、小さな頃から心に秘めていたピアノという楽器に対する憧れと、あの印象的なイントロでピアノが奏でるメロディーが結びついて、思わず52歳の涙腺が崩壊してしまったのです。

ここからが著者の冒険の始まりで、自宅近くにあるピアノ教室へ片っ端から“ダンシング・クイーンが弾きたいんです”と相手の反応を探りながら電話を掛けまくる姿は、取材に長けたライターそのものです。

「ヤクザときどきピアノ」表紙デザイン
表紙カバーを外してみたら、五線譜とトカレフがデザインされてました。

そしてまさに奇跡のごとく出逢ったレイコ先生は彼にとって理想のピアノ講師で、観察力や言葉で伝える能力に優れ、生徒が音楽に対する愛や情熱を忘れないように導いてくれる素敵な人です。更にレイコ先生のピアノ演奏を聞いた彼はその素晴らしさに感動してまた泣くのですが、いったい誰が50過ぎの厳ついおじさんが流す涙を笑うことができるでしょうか?

長年本物のヤクザに取材を重ね、クレームや恫喝を受けるのは当たり前という仕事をしてきた男がレッスンに励む姿には悲哀とユーモアが滲んでいて、思わず引き込まれてしまいました。ところが全精力を注いだ取材と執筆から解放された彼には、年末のピアノ発表会という新たな締切がだんだんと迫ってくるのです。

レイコ先生曰く、“シニアの発表会は悲壮でお通夜みたいな雰囲気”という言葉の通り、ガチガチに緊張した発表会の様子はYouTubeで公開されているので、興味のある方はご覧ください。拙い演奏ではありますが、いったい誰が一生懸命練習した彼のミスを責めることができるでしょうか?

ピアノを巡るおじさんの冒険はほろ苦いエンディングを迎えますが、タイトルや目次だけでも興味をそそるこの本は、ユーモア溢れる文章でピアノという楽器の魅力やピアノの講師という仕事に対する尊敬の念を綴り、発表会までの過程は心に刺さる言葉の数々と共に感動的でさえありました。

何か新しいことにチャレンジしてみたいと思っている、すべてのおじさんに勇気を与えるおすすめの好著です。